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子育てしてると気づくことがアドラー心理学と同じだった件

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アドラー心理学は人気です。

今回、「嫌われる勇気」を読んでいると気づいたことがあります。

出てきた内容が、子育ての時に私が考えていたことだったのです。

 

 

子供を良い子に育てることはその子の為になるか?

親なら、自らの子供をよい子に育てようとします。

みんなの事を考える優しい子。

その様に望みませんか。

「優しい子に育ったんです。」

よく親が他人にいう言葉です。

果たして、優しい事で苦しむことは無いでしょうか。

私の知る限り、優しいよい子はいろいろな事情に縛られて、苦しい思いをしています。

ところで、優しいよい子って、本当でしょうか?

私の目から見ると、優しいよい子のではなく、断れない人を優しいと褒めちぎっている場合が少なくないと思います。

人から頼まれごとをしたら断われない。

悪いことだと思っていても引き受けてしまう。

これでは、優しいこと言えないのではないでしょうか。

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子供に求める良い子は親にとっての良い子

親がよい子に育てたいよい子とは何をもってよい子でしょう。

例えば、偉人と呼ばれている人たち。

天才と呼ばれている人たち。

そんな人たちはよい子だったでしょうか?

多くの偉人が、子供のころはマイペースであったり、いたずらっ子だったり、

決してよい子とは言えない子供だったようです。

しかし、彼らは普通の人たちの何倍も人類に貢献しているとも言えます。

では、私たちが子育てしている時に言う、「よい子」とは誰の目で見たよい子かと言うと、もちろん「親」です。

いたずらもせず、親の手を煩わせることなく親の言うことを素直に聞くよい子。

この親のためによい子は、果たして人類に貢献する偉人になるでしょうか。

 

嫌われる勇気で語られるアドラー心理学は子育てしていると気づく

今読んでいる「嫌われる勇気」

アドラーの教えが散りばめられた内容となっています。

アドラーは、「他者の物差しに合わせ自らの自由にブレーキをかけるしかない」と言っています。

他者の物差しに合わせることは、すなわち親に褒めてもらうことをするよい子なのです。

だから、アドラー心理学では、怒ることも、褒めることも否定しています。

怒ることも、褒めることも、他者の物差しに合わせるように仕向けること。

褒めてもらえるから努力する。

怒られるからやらない。

どちらも、自らの物差しで物事を考えていないことなのです。

 

褒めることで自分に能力がないと言う信念を形成していく

褒めることは、人間関係の上下を決めつける行為。

対等な人間関係では、褒めるのではなく、お礼を言うでしょう。

褒めることは、能力の上下を決めつけることはわけです。

自分の物差し、自分軸で生きていかないと、他者の存在なくて自分の存在意義が見いだせなくなります。

 

よい子に育てたいと親が補正をする。

親の価値観でよい子とはどんな子か決めてつけて、その価値観に合わせて褒める。

すると子供の意思や価値観は無視されます。

親の価値観で生きているので、自分が何をしたいかわからなかったりします。

 

つまり、「褒めてもらう事を望むなら、他者の物差しに合わせ自らの自由にブレーキをかけるしかない。」わけなんです。

自らの自由にブレーキをかけ続けることになってしまうわけです。

 

子育てをしているとアドラーの考えも納得できる

子育てしていて、この子がどんな子供に育ってほしいかを考えていると、アドラーの考えも理解できることでしょう。

さて、ではどの様に接していけばいいとアドラーは言っているのか。

また、書いてみたいと思います。

 

 

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